日本の城

日本の城。高い石垣や深い堀に囲まれ、そびえ立つ天守閣、櫓、城門。。。日本の城は、歴史を感じる特別な場所。天守閣はもちろん、櫓、城門、移築建造物に至るまで、さまざまなアングルからの姿を紹介しています。そして当時の武将たちの息づかいが聞こえてくる、城にまつわる歴史・人物に関する場所・建物や歴代城主なども紹介。四季折々の美しい景色とともに、歴史に思いをはせてみませんか。

武田氏の本拠地から徳川幕府の要城へ ― 甲府城

〜甲斐の歴史と将軍家ゆかりの系譜を今に伝える名城〜

山梨県甲府市にある甲府城は、別名「舞鶴城」とも呼ばれる甲斐国を代表する名城です。現在は石垣や堀、復元された櫓や城門が往時の姿を伝えていますが、その歴史は戦国時代の武田氏滅亡と天下統一の時代に深く結びついています。

戦国時代、甲斐国の中心であったのは武田信玄の居館である躑躅ヶ崎館であり、現在の甲府城はまだ存在していませんでした。天正10年(1582年)に武田氏が滅亡すると、織田氏、徳川氏、豊臣氏による甲斐支配が進められます。豊臣政権下では加藤光泰・浅野長政父子らによって築城が進められ、浅野氏の時代に近世城郭としての甲府城が完成しました。

関ヶ原の戦いの後、甲府城は徳川家の重要拠点となります。甲斐国は江戸防衛の要地とされ、城には徳川一門や譜代大名が配置されました。後に将軍となる徳川家宣(当時は綱豊)も甲府藩主となり、甲府城は将軍家と深い関わりを持つ城として発展します。

江戸時代を通じて甲府城は甲斐国統治の中心であり続けましたが、享保9年(1724年)に柳沢氏転封後に甲府藩は廃藩となり、以後は幕府直轄領を治める甲府勤番の拠点となりました。そして幕末には甲州勝沼の戦いなど戊辰戦争の舞台ともなり、明治維新を迎えました。

現在の甲府城には壮大な石垣や復元された稲荷櫓、鉄門などが復元されており、近世城郭としての威容を今に伝えています。武田氏滅亡後の甲斐支配の象徴として築かれ、徳川将軍家ゆかりの城として発展した名城です。

甲府城稲荷櫓(木造復元)

甲府城 鉄門〈くろがねもん〉(木造復元)

甲府城 稲荷曲輪門(木造復元)

甲府城 内松蔭門(木造復元)

甲府城 鍛冶曲輪門(木造復元)

甲府城 山手御門(木造復元)

山手渡櫓門

山手門(高麗門)

甲府城 石垣/天守台

甲府城

甲府城の歴代城主・藩主一覧

甲府城とは関係ないですが、甲斐といえば武田信玄公

~甲斐・武田家ゆかりの寺社~

塩山 恵林寺 (武田信玄菩提寺)

恵林寺三門(山梨県文化財)

武田信玄公の墓

恵林寺 四脚門(国重要文化財)

東光寺

東光寺仏殿(国重要文化財)

武田義信公(武田信玄嫡男)の墓/諏訪頼重公の墓(武田家の諏訪侵攻により甲斐へ移送され死去)

甲斐善光寺

甲斐善光寺 本堂(国重要文化財)

甲斐大和 景徳院(武田勝頼菩提寺)

景徳院 山門

武田勝頼公、信勝公(勝頼嫡男)、勝頼夫人(北条氏) 武田勝頼公像

雲峰寺(うんぽうじ) 【孫子の旗〈風林火山〉が寺宝】

雲峰寺 仁王門(国重要文化財)

雲峰寺 書院(国重要文化財)

雲峰寺 本堂(国重要文化財)

Posted in

コメントを残す